「退化した議会(Monkey Parliament)」は、2009年にブリストル美術館で、記念碑的な絵画として発表されました。「Parliament」は「議会」の意味で、「Devolved」には「権限移譲」の意味のほかに「退化、後退」の意味もあります。
「猿の英国議会(Monkey Parliament)」とも呼ばれる縦2.5m x 横4mのカンヴァス地に描かれた油彩画は、サルに占拠されたイギリス下院が描かれています。サルはバンクシーの代表的なモチーフであり、特に人類の愚かさを揶揄しているような作品に多く登場しています。
「退化した議会」は、2019年10月3日にサザビーズ・ロンドンでの競売で、990万ポンド(約13億円)で落札され当時のバンクシーの最も高価な絵画となりました。
バンクシーは「退化した議会」で、何を伝えたかったのでしょうか。
バンクシー展 GMOデジタル美術館 東京・渋谷に行ってみた!
バンクシー名言128選!英語&日本語の意味・メッセージも合わせて解説
退化した議会の意味は、EU離脱で混乱する英議会
「退化した議会(Devolved Parliament)」が世間を騒がせたのは、990万ポンドという落札額だけではありません。
その作品が、当時の英国議会の様子を見事に映し出していたからです。EU(ヨーロッパ連合)離脱を巡ってイギリス議会が混迷しているなか、匿名で活動する正体不明のアーティスト「バンクシー」の10年前の作品が「今のイギリス議会を予見していた」と話題を呼んでいます。
特に下院の野心的なディストピアの再考は、怒り狂ったチンパンジーで大暴れしています。
EU離脱期限を目前に、今や英国議会はてんやわんやの大騒ぎ。離脱派の旗振り役のジョンソン首相は、英国議会を一時閉鎖し、力づくで合意なき離脱に持ち込もうとしたが、イギリス最高裁によって、閉会は非合法であると判決され、急遽国会が再開された。それが一週間前のビッグニュースだ。
英メイ首相は、自身が提出した3度目のEU離脱協定案が可決されれば、首相を辞任すると表明。自分の首と引き替えに、といったところだ。
開かれるやいなや、国会は大騒動となった。与野党議員の言葉はいつにも増して刺々しく、ジョンソン首相自身が野党議員を「裏切り者」と強い言葉で非難し、合意なき離脱を阻止する目的で制定されたばかりの法律に対し、戦争を彷彿させる「降伏法」という言葉で呼ぶなど、暴力的で扇動的な言葉を使ったため、大変なブーイングを受けた。
その様子について、バーコウ国会議長は「国会で働いてきた22年の間で最悪の雰囲気だった」と酷評するほどの状況で、政治に距離をおく英国教会すら議会としてあるまじき状況だと公式に非難した。
正常に運営されているように見えない議会をるサルは、表情たっぷりの様子は、今の英国議会の議員たちの似姿だ。
退化した議会の構図
イギリスの議会を構成する2つの議院のうちの1つである下院(緑色の庶民院vs赤色の貴族院)の議会をパロディーにしたものです。議論しているのは、イギリス国民を代表する政治家ではなく、サルです。
与野党が向かい合う議員席には、野次を飛ばすサルや、腕を上げて揶揄するのもの、口を大きく開けて抗議するものもいます。
さらには、考え込んでいるようにも眠っているようにも見えるサルや、空き瓶を覗き込んで議会に集中していないサルもいます。
「退化」した議会で政治が行われているというメッセージは、イギリスの政治に限ったことではないのでしょう。
国民が選んだ代表は、いつか選挙で交代する。それまで時間をつぶしていれば、政治家としては生きていける。いつかは責任を取らなくてよくなる時がくる。
元々「Question Time」という題名の作品が「Devolved Parliament」と題されて公開されたのは、EU離脱で英議会が混乱しているタイミングでした。
「クエスチョンタイム(Question Time)」だった
実は、この作品は2009年に初めて公開された当時は「Question Time(質問時間)」と名付けられていました。
「Question Time」とは、イギリスなどの議会における議事日程の1つで、役職に就いていない議員が、首相・閣僚に質問できる時間のことを指します。与野党の議員が質問でき、応ずる首相等は答弁の義務を負います。
与党議員からの質問は、概して政府の政策の長所を説明させ、政府の正しさをアピールするようなものになることが多いです。
一方、野党議員からの質問は政府を追及し、失政を認めさせたり、批判したりするようなものとなる傾向があります。
2009年から10年の時を経て「Question Time」は、イギリスのEU離脱に合わせて「Devolved Parliament」に改名されました。
10年の時を経て現れた「退化した議会」
この投稿をInstagramで見る
2009年にバンクシーの故郷にあるブリストル美術館で開催された、個展「Banksy vs Bristol Museum」では、ストリートでの活動と同じように、さまざまな権力(警察・軍隊・王室・大企業・美術館・美術界など)を揶揄する額入りの1点ものを発表しました。
「退化した議会」もその1つでした。
最長7時間も待つ人がいたほど長蛇の列ができた、伝説的なエキシビションには30万人が訪れ、この年に世界で最も観客を集めた展覧会となりました。
「退化した議会」の個人所有者は2019年初めに「Banksy vs Bristol Museum」の10周年記念と、3月29日予定されていたブレグジットに向けて、ブリストル美術館に「退化した議会」を貸し出し再び展示されました。
それには、バンクシーもインスタグラムで反応し、このようにコメントしています。
10年前に作った「退化した議会」。 ブリストル美術館は、ブレグジットの日を記念して展示に戻しました。 「今は笑え。いつか誰も支配しなくなるから」
「退化した議会」のオークション結果
この投稿をInstagramで見る
「退化した議会(Devolved Parliament)」は、2019年10月3日にサザビーズ・ロンドンでの競売で987万9500ポンド(約1220万ドル)で落札され、当時のバンクシーの最も高価な絵画となりました。
事前の予想では、150万~200万ポンドで落札されるとみられていたが、13分間にわたって10人による入札合戦の末、5倍近い価値がつきました。
これまでバンクシー作品で最も高く売れたのは、2008年にニューヨークで180万ドル(約1億9000万円)で落札された「Keep It Spotless」でした。
サザビーズは、オークション開始前にこのようなコメントをしています。
ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)についてどんな意見を持っていても、この作品が最も的確に世相を表していることに疑いはない
バンクシーのメッセージ
そして、バンクシーはオークション後に自身のインスタグラムで、このようにコメントしました。
今夜オークションで、バンクシーの絵画で記録的な価格がついた。 所有していなかったのが残念だ。
しかし、この記録的な価格は、翌年の2020年に「Game Changer」に打ちのめされました。
「Game Changer」は、英国での最初のコロナウイルスによる封鎖から1周年を記念して作成された作品で、1,680万ポンドで落札されました。すべての収益はNHS慈善団体に寄付されました。
さらに、2021年「Game Changer」は、シュレッダー事件としても有名な作品「Love Is In The Bin」に敗れました。
予言が的中した関連作品「Laugh Now」
バンクシーのアートが単に鑑賞の対象だけに終わらず、そこに見る者をエンゲージさせること。
それによって見る者がさまざまな社会問題を主体的に考えるよう手引きすることは、バンクシーが表現者として一貫して目指していることだからだ。
見返すことができたのか?それとも、政治家をチンパンジーと表現したのか?
これは、現代の政治の状態に関する痛烈な解説であるだけでなく、「いつか私たちが担当する」という「Laugh Now」の予言を実現するものでもあります。
バンクシー非公式マガジンBANDALのTwitter
バンクシー非公式マガジンBANDALでは、Twitterにて作品解説をしています。
ぜひ、フォローしてみてください!